2017年4月3日月曜日

2017年3月19日


2017年3月19日 主日礼拝説教要旨
  「愛の力」本間優太神学生
   (ローマの信徒への手紙8章31〜39節)



 本日取り上げたローマの信徒への手紙8章は、ローマの信徒への手紙の中では、1章から見ていくと大きな区切りを作っています。それは、直前の7章までは人間と罪との関わりが語られているのですが、8章では救いと希望についてパウロは語っており、今日取り上げた箇所はその最後の部分に当たります。例えば、7章15節には罪と格闘するパウロの姿が描かれているのですが、そこでは「わたしは、自分のしていることが分かりません。自分が望むことは実行せず、かえって憎んでいることをするからです」と語っており、罪との関わりの中でもがき苦しむパウロの姿が7章全体に渡って描かれています。

 このように、パウロも私たちと同じ、一人のキリスト者として、聖書の呼びかける事柄を実行したいけれども実行できない自分がいることに、悩み苦しんでいたのです。しかしながら、そのような自分の弱さに、信仰の大先輩であるパウロ自身はどのように対決していったのでしょうか。

 そのために最も注目すべきは箇所は8章36節です。このカギ括弧でくくられている一節は旧約聖書の詩篇44篇からの引用です。「わたしたちは、あなたのために一日中死にさらされ」。「あなた」は旧約聖書では神様を指していますが、ここではそれをキリストを指す形でパウロは引用しているのです。ここに最大のポイントがあります。それまでは、ローマの信徒の手紙の中では「キリストがわたしたちのために」と語られていたのですが、ここで初めて「わたしたちがあなたのために」と関係が逆転して語られるのです。

 ここでパウロは一体何を強調しようとしているのでしょうか。それが8章の後半で強調される「愛」にあります。8章の後半、35節、37節、39節でパウロは神様やキリストの私たち人間への愛を語っています。神から遣わされた御子であるキリストの愛を受けたものは、苦難の中にありながらも、キリストを愛し続ける事になるとパウロは言いたいのです。

 愛には関係を逆転させる力があります。その事を示したキリストに励まされながら、私たちもまた世界の中で勇気をもった一歩が踏み出せますように祈りましょう。

0 件のコメント:

コメントを投稿